南帝ラヂヲ

南朝・後南朝に関連する史蹟の現状を保存していきます。

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御朝拝式

2007 - 02/13 [Tue] - 02:23

k05571.jpg

先週のことですが、念願の「御朝拝式@川上村」に行って来ました。
主な会場は金剛寺で、9時半頃に到着しました。けっこう人が来てゐて、
狭い境内はいっぱいでした(後日新聞記事によると250人の見物)。
あちこちの写真を撮って回ったり、自天王陵墓(河野宮御墓)に
参拝したりして式の開始を待ちます。

img03101.jpg


午前10時を少し回る頃に、いはゆる"筋目衆"の人々が自天親王神社に
並びました。御朝拝式自体は午前9時30分に始まっていましたが、
見物人に見えるのはこの神社参拝からです。

……まぁ普通の参拝だな(^o^;?御幣捧げてお供えして祭文読み
上げて玉串奉納しておしまい。その後は宝物庫の前に整列して、
いよいよ「御朝拝の儀」が始まります。

img03421.jpg


筋目衆の人びとは入口で配られる榊を口にくわえ、宝物庫の前に
左右に分かれて整列します。そして扉が開けられ、御神体とされる
甲冑ひと揃えが姿を顕わしました。今年は550年祭、従来高原(兜)と
神之谷(鎧袖)で分かれて行ってゐたものを統一して行うことに
なったので、兜と鎧がおよそ400年ぶりに揃っています。

賀詞が読み上げられ、そして玉串を順に捧げて拝礼します。
私は式場入口附近で必死こいて写真を撮ってゐましたが、
疲れたので本堂前に引き上げてしまいました(^^;ゞ。
同行者と話をしてゐると、詩吟など聞こえてきます。

しばらくして筋目衆が本堂前に出てきました。制服を着た宮内庁
書陵部の職員が先頭に立ち、自天王陵墓参拝のため石段を登って
いきます。式次第によりますと、拝礼ののち誄文を読み上げる
という参拝が行われたようです。十分ほどでしょうか、筋目衆が
下りてきて本堂前に整列し、記念撮影が行われました。これで
外から見える御朝拝式は終わりとなります。

先ほども触れましたが今年は550年祭、これを機に一般にも参列して
もらおうということで、御神体たる甲冑を拝めることになりました。
ですので、私も式場に参上して玉串を捧げて御魂を慰め申し上げた
のでありました。

以上が御朝拝式のあらましです。まぁ感想としては…法事と変わらん(^o^;?
見物人が多すぎて秘儀って感じがしないのもやや拍子抜けでした。
しかし550年途切れることなく行われてきた祭りだということに、
地元の自天王への限りない敬慕と後南朝を守ってきた矜持を感じました。

祭りの後は川上村に点在する後南朝史蹟を訪問しました。御首を持って
逃走を図る赤松遺臣討伐の指揮をとった橘将監の墓や、中村貞友を
射殺した弓の名手・大西助五郎碑など、今まで行けなかったところに
行くことができました。ご利益、ご利益(o^o^o)。


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