南帝ラヂヲ

南朝・後南朝に関連する史蹟の現状を保存していきます。

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大河内行宮

2008 - 02/08 [Fri] - 14:38

20080208144003
三重県熊野市紀和町大河内に所在します。

世界遺産に登録された熊野三山ですが、熊野本宮大社より熊野速玉神社へ行くには、現代では熊野川沿いに国道168号線を車で走ることになります。途中に熊野川町の役場があり、この前に熊野川を渡る橋が架かっています。この橋を渡れば町名が変わって紀和町になります。

人家も稀な山なかの県道を、まずは"布引の滝"を目指して30分ほど進みます。途中で滝への道との分岐に出ますが、県道に従ってそのまま行くと、大河内の集落に入ります。道端に腰あたりの高さの石碑がありますので、そこを曲がって坂道を登ると、公民館らしき建物の前に出ます。そのそばにかなり大きな石碑があります。これが「大河内行宮跡」です。

 

この碑は、自天王550年記念の一環で建てられたもので、裏に村田正志博士の碑文が彫られています。博士がこの地を自天王の行宮としたのは、いはゆる"忠義王文書"乙亥八月六日付に、
「已幸大河内之行宮也」
とあることに依ります。

この忠義王文書については議論の余地のあるところです。ただ前田良一氏によれば、この大河内一帯は大銅山地帯であり、また修験道の行場でもあったそうで、南朝勢力が依って立つには格好の地であったのは間違いがなさそうです。
現実に市立鉱山資料館には南朝年号(延元)が記された岩のレプリカがあり、この地が早くから南朝勢力によって押さえられていたことがわかります。

 

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